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真言宗
弘詮寺

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【10月 月護摩】~きれいな幕のひきかた~
皆さまは、「人生の綺麗な幕の引き方」を考えた事はありますでしょうか? 人に迷惑をかけず、悔いなく人生を終えること。それも大切なことだと思います。 しかし、人生には失敗もあれば、後悔もあります。すべてが思いどおりになるわけではありません。 真言宗には「即身成仏」という教えがあります。この身、この命をいただいている今、仏さまの心に近づいていくという教えです。 例えば、忙しい朝に家族から頼みごとをされ、つい強い言葉で返してしまったとします。 そのままにせず、「さっきは言い過ぎてごめんなさい」と伝え、相手の気持ちを思いやる。 そこには、仏さまの心に近づこうとする実践であります。 これも、日常の中で感じられる「即身成仏」の一歩です。お世話になった人に「ありがとう」と伝えること。 自分に非があれば、素直に「ごめんなさい」と謝ること。 そして、過去へのこだわりや執着を少しずつ手放していくこと。 それだけでも、心は穏やかになっていくのではないでしょうか。 私たちは、いつ人生の幕が下りるのか、誰にもわかりません。 だからこそ、いつか訪れる最後の日のためだけではなく
1 日前読了時間: 2分


【9月 月護摩】~まるい満月🌕~
今月25日は中秋の名月となります。 秋の夜空に浮かぶ、特別美しい満月です。 私たちは、三日月を見て「月が欠けている」と言います。 でも、本当に月が欠けているのでしょうか。 実は月そのものは、いつも丸いままで ただ、私たちからそう見えているだけなのです。 これは、私たちの日常にも似ています。 「あの人は嫌な人だ」 「今日は嫌な一日だった」 「自分は駄目だ」 そう思ったことはありませんか? それは物事の一部分だけを見て、すべてだと思っているのかもしれません。 雲に隠れて月が見えなくても、月がなくなったわけではありません。 同じように、目には見えなくても、私たちは家族や周りの人、そしてご先祖さまからいただいた多くのご縁に支えられて生きています。 心穏やかに真ん丸な中秋の名月を眺める時には、 「自分には、まだ見えていないものがあるかもしれない」 そんなことを少し思ってみてください。 そして、自然に感謝をし、今日こうして生かして頂いていることに、静かに手を合わせていただければと思います。 来月も18日午後2時~月護摩お参りお待ちしております(-∧-)合掌・
9月18日読了時間: 1分


【8月 月護摩】~相互供養~
令和8年熊本地震により、被災された方、そのご家族および関係の皆様に心よりお見舞い申し上げます。 被災地の方々にとっては、当たり前だった生活が奪われ、我慢辛抱な生活にも関わらず、お盆の時期ご先祖さまの事が気になる方も多くいらっしゃったようです。 毎年お盆参りの時期になると、色々な事を思い、感じ、お参りさせていただいております。 お参り先のおばあさんも歳を取ればとるほど、お供物りんご1つでも買いに行くのが大変になってきます。 先立たれたご主人様や息子様を迎えたくても、いつ迎えれなくなるかわからない。 今年が最後かもしれない。 そんな気持ちでお盆を迎えられるお檀家様も多く居られます。 改めて衣・食・住の整った生活がどれだけ有難い事なのかと、お迎えできる事が元気で安穏である事に、感謝しかありません。 一方、迎えていただくご先祖さまも 最近仏壇閉まいに墓閉まいと無縁佛が増える中、 子孫が仏壇を祀り、帰る場所がある、お迎えして頂けることに感謝しておられる事だと思います。 これを、仏教では相互供養といいます。 迎える側も迎えてもらう側(先祖)もお互いが「ありが
8月18日読了時間: 2分


【7月月護摩】~信仰と依存~
まず最初に。 今日は浅学非凡である住職の疑問やつぶやきとなります。 まだまだやなぁと言う声が聞こえてきそうですが、少しお付き合い下さい。 まず、宗教(信仰)とは何なのか? 今の段階で私が思うに 宗教(信仰)は『生き方』だと思っております。 今の日本は比較的信仰の自由?が尊重されているのかなと感じます。 世界には我々の知らない宗教や信仰がたくさんあります。 では、何故戦争や争いは絶えない? それは恐らく、自分たちの宗教や信仰を信じるあまり、依存してしまうと 他の信仰や価値観を持つ他者を否定してしまい受け入れられなくなるからなのだと思う。 では、極端かもしれないが人を殺めて良いと掲げる宗教があるのだろうか?? もちろん、ある訳ないはずだ。 我々仏教でも、お釈迦様が説かれた 最も重要な戒律、十善戒の最初に「不殺生」と掲げられている。 むやみやたらに命を奪ってはならない。 そんなの当たり前だと思って生きているけど、ニュースを観れば当たり前では無くなってしまっています。 人は弱い。だから、ダメだと理解していても 自分の利益や権力を得ようと、他所から奪い取り
7月18日読了時間: 2分


【6月 月護摩】~りんごのきもち~
昔からお寺で御供え物として、よくりんごを御供えしておりました。 その御供え物をおさがりとしていただきます。 ですので我が家では昔から、食事の後母親がりんごを剥き、家族みんなでよく食べていました。 りんご園では紙袋をかけているもの、かけていないものがありました。 リンゴ、梨、ブドウ等は虫の害から守るために袋をかけるのが常識のように思っておりましたが りんご園の方は「できれば全部に袋なんかはかけたくないのですが...」とおっしゃいます。 紙袋は虫の害からリンゴを守るためでしたが、今は農薬が発達し袋をかけないほうが 農薬が雨に流され、日光に消毒されて良いのだそうです。 では、なぜ今でも紙袋をかけられるのか?? それは、袋をかけたほうがリンゴの膚(はだ)が外見的に美しくなり、しかも、形もよく、店に並べた時にそのほうがよく売れるからです。 しかし、 膚の色はきたなく、ざらざらしていて、形も美しいとは言えないのですが 味は紙袋をかけていないほうが美味しいのです。 ということは 私達は外見上の美しさの為に 質より外見を優先しているようです。 我々人間はどうでし
6月18日読了時間: 2分


【5月 月護摩】~慚愧懺悔 六根清浄~
慚愧懺悔 六根清浄(ざんぎざんげ ろっこんしょうじょう) 今月31日 弘詮寺では大峯山へ入峰修行に参ります。 今回は山道でお唱えする掛け念仏 についてお話し致します。 「ざーんぎざんげー 」 「ろーっこんしょーじょー」 と節をつけながらやまびこのように全員で掛け念仏をお唱えします。 ・慚愧懺悔とは 慚愧(ざんぎ)自分の未熟さ至らなさを素直に認めること 懺悔(ざんげ)さんげとも言いますが 今まで犯した罪や穢れ自分の中にある欲・怒り・愚かさ心の濁りを素直に認めて悔い改めること。 ・六根清浄 六根(六識)とは般若心経にも出てきますが 人が生きて行くうえで大切な五感プラス意(心)のことであります。 ・眼識(視覚) ・耳識(聴覚) ・鼻識(嗅覚) ・舌識(味覚) ・身識(触覚) ・意識(意識) の5つの感覚と意識をまとめて六根(六識)と呼びます。 俗世間では見たくないものをみたり、聞きたくないことを聞いてしまったりと、五感を通して塵垢が積もり六識である意(心)が穢れ、疲れ生きにくくなってしまっております。 そのため、 不浄なものを見ない、聞かない、嗅がない
5月18日読了時間: 2分


【4月 月護摩】~三密~
先日の勉強会にて、「日頃から三密(身・口・意)を整えておく事が大切である。」 と先生が仰っておられました。 我々僧侶も (身)手を合わせ (口)お経を唱え (意)心を整える。 毎朝、三密を清めます。 僧侶だけでなく皆さんも日頃から三密を清める必要があります。 その日常生活での三密を分かりやすく例えると ・(身密)手を洗い身を清める、丁寧に掃除をする、誰かのために行動する。 ・(口密)感謝の言葉「ありがとう」を伝える、悪口や嘘をつかない。 ・(意密)深呼吸して心を落ち着かせる、穏やかな心を持つ。 となります。 (身)を整えると(口)整い 自ずと(意)は整います。 毎日が楽しく幸せな日々ばかりだとは限りません。 生きてくにはやはり四苦八苦を避けること叶わず、予期せぬ出来事に反応できず、こころを乱してしまい後悔する事となります。 そうならない為にも、1日数分でも日頃から三密を清め、こころを整理整頓する時間を持つことが大切なのです。 弘詮寺では毎月18日午後2時~(1時間ほど)本堂にて護摩供お勤めをいたしております。 宗旨宗派問わず、どなた様
4月18日読了時間: 1分


【3月 月護摩】~鏡に映る自分~
私は修行時代、三日に一度、鏡を見ながら自分で頭を剃りました。 鏡はとても便利なもので、今の自分の状態がどうなっているのか、剃り残しがどこにあるのか、ありのままの姿を映しだしてくれます。 日常の生活をしていくうえで、なくてはならないものです。 1日に何回、鏡をみますか? 正確に言えば、鏡をみるのではなく鏡に映っている自分をみています。 鏡に映っている自分を見ながら、きちんとした姿になっているか、恥ずかしくない姿になっているか、正しい姿になっているか、確認しています。 仏様も鏡と同じです。 自分の心を映しだしてくれる鏡です。 仏様に手をあわせるということは、鏡を見ながら襟を正すように、気づき、反省し、感謝し、自分の心を整理する、見つめなおす。 そんなことを考えながら、私も仏様に手をあわせています。 特に自分の心を見つめなおし、反省することは意外とむずかしいもので 反省をするには、自分の失敗や恥を見つめる心が必要になってきます。 仏様という鏡は、そんな心を与えてくれる存在でもあるのです。 そして、失敗や恥は人生のとても大切な財産となります。...
3月18日読了時間: 2分


【2月 月護摩】~足るを知る者は富む~
今、欲しい物はありますか? おそらくほとんどの方が、ある、とお答えになるのではないでしょうか。自然なことです。 こんなことが出来たらいいな、こんなものがあれば生活がもっと豊かになるだろうな。 人間は欲があるからこそ進化し続けてきました。 しかし、欲が深すぎると大変です。 私にも子供が3人おりますが 他の兄弟が持っている物をついつい欲しがってしまうんです。 あれも欲しい…これも欲しい…もっと欲しい、もっともっと欲しい!こうなってしまうと、もう欲を抑えられません。 そこで 「知足者常富(ちそくしゃじょうふ)~足るを知る者は常に富めり~」という言葉があります。 足ることを知っている人は、どのような状況に置かれてもいつも富んで豊かである、という意味です。 どれだけ大富豪であっても、もし物欲にまみれ、満たされていないようなら、その人は貧しい人ではないでしょうか。 逆に、とても貧しい生活を送っていたとしても、私はこの生活に満足している、これで十分だと感じているならば、その人は富んだ人になります。 私にはこれで十分です、満たされています。こうした足るを知る心を
2月18日読了時間: 2分


【令和八年一月 初観音月護摩】 ~観音様~
本日1月18日は、今年最初の観音様のご縁日であり初観音の日であります。 観音様とは、人々を救う慈悲深い菩薩である観世音菩薩のことを言います。 「南無観世音菩薩」と観音様の名を呼んで助けを求めれば、救いを求める者の身分や境遇に合せて三十三の変化身(三十三観音)となって、いかなる者がどこにいても救済にかけつけてくれるといわれており、 如来になるために修行中の身でありながら、広大な慈悲の心で、すべての人々を救うことを誓っておられます。 日本でも古くから観音信仰が広まっており、西国三十三箇所霊場巡りは⽇本最古の巡礼の路といわれています。 現在でも現世利益(無病息災、安産、出世、金運、福徳、厄除けなど)後世安穏を求め、たくさんの方々が手を合わせます。 當山弘詮寺にもたくさんの観音様が居られます。 本堂に「聖観音」や「十一面観音」、「十一面千手千眼観音」。 境内には「子授け観音様」立って居られます。 令和八年も毎月観音様のご縁日 18日の午後2時~月護摩をたいてお勤めしております。 どなた様でもお参りいただけますので、本堂にあがって観音様に会いにきてみてくだ
1月18日読了時間: 1分
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