【7月月護摩】~信仰と依存~
- 7月18日
- 読了時間: 2分
まず最初に。
今日は浅学非凡である住職の疑問やつぶやきとなります。
まだまだやなぁと言う声が聞こえてきそうですが、少しお付き合い下さい。
まず、宗教(信仰)とは何なのか?
今の段階で私が思うに
宗教(信仰)は『生き方』だと思っております。
今の日本は比較的信仰の自由?が尊重されているのかなと感じます。
世界には我々の知らない宗教や信仰がたくさんあります。
では、何故戦争や争いは絶えない?
それは恐らく、自分たちの宗教や信仰を信じるあまり、依存してしまうと
他の信仰や価値観を持つ他者を否定してしまい受け入れられなくなるからなのだと思う。
では、極端かもしれないが人を殺めて良いと掲げる宗教があるのだろうか??
もちろん、ある訳ないはずだ。
我々仏教でも、お釈迦様が説かれた
最も重要な戒律、十善戒の最初に「不殺生」と掲げられている。
むやみやたらに命を奪ってはならない。
そんなの当たり前だと思って生きているけど、ニュースを観れば当たり前では無くなってしまっています。
人は弱い。だから、ダメだと理解していても
自分の利益や権力を得ようと、他所から奪い取りたくなる。
そうすると、阻止しようと反発が生まれ争いが起こる。
なので、争わないように、皆が生きやすくする為に宗教や信仰に戒律があるのではなかったのだろうか。
私は、心と生活が安穏に保たれ、生きて行けるのであれば、どんな宗教を信仰しても良いと思います。
ただ、自分の意思や思考や智恵を奪ってしまう依存と、心穏やかに、心豊かに生きる信仰は違うはずです。
子供のお菓子の取り合いではないが、
綺麗事かもしれないが、
「奪い合えば足りなくなる。分け合えば余るはず。」
「不殺生、人を殺めてはいけない」
「不偸盗、人の物を奪ってはだめ」
みんなが、そんな当たり前を、いつまでも当たり前だと思える、
そんな生き方を続けていきたいな。
この思いが後世までも続きますように。
と、願います。祈ります。手を合わせます。
智照 合掌













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